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「祇園祭」船鉾  

2009年 07月 19日



船鉾『日本書紀』に記される神功皇后(じんぐうこうごう)の新羅出船の説話が由来で,「出陣の船
鉾」の別名を持つ。
これらは元和2年(1616)の銘がある古い作品。鹿島明神の長刀は,井上和泉守真海による寛文
年間(1661-1672)作の逸品。
皇后がかぶる神面は,文安年間(1444-1448)の作品で,安産に奇瑞があると伝えられ,宮中で
も尊敬されて明治天皇誕生の際には宮中へ参内した。
神功皇后がこの出船の際に応仁天皇を生んだことから,皇后の御神体は晒(さらし)をたくさん巻い
て巡行し,巡行後にこれを安産祈願の御腹帯として授与する。
船形をした鉾の舳先(へさき)には金色の鷁(げき)と呼ばれる想像上の瑞鳥を飾り,艫(とも)には
黒漆塗螺鈿(らでん)の飛龍文様の舵をつけ,船端には朱漆塗の高欄をめぐらし,船の上の唐破風
入母屋造りの屋根に2本の旗竿を立て,そこに紅白の吹流しと長旒(ちょうりゅう)をはためかせる。
応仁の乱以前より2基あり、この鉾は先祭(さきのまつり)のトリをつとめた『出陣の船鉾』といい、元
治元年(1864)に焼けて現在焼山になっている後祭『凱旋船鉾』と区別している。

by ryukaze | 2009-07-19 20:17 | 旅行地域 | Trackback

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